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本年度の有的の会

 投稿者:原田幸四郎  投稿日:2017年 3月23日(木)18時48分23秒
返信・引用
  ご無沙汰しております。例年は、2月中には案内を送っておりましたが、本年は遅れて申し訳ありません。
数名の会員から、日程の問い合わせが続きました。今回の第8回をもって、本会は解散いたしますので、
最終回となります。つきましては、これまでは参加実績に基づいて案内を出しておりましたが、今回は
もう少し、幅を持たせた案内速報版となります。

期日 平成29年4月20日(木)事情がありまして、案内日からあまり余裕がない設定となりました。
場所 文京区本駒込2丁目 東洋文庫敷地内の「オリエント・カフェ」 小岩井農場が運営。
   JR 山手線 駒込駅より徒歩8分。都営地下鉄三田線 千石駅から徒歩7分
時間 12:00から会食。(ラストオーダー14:30)
会費 5000円
テーマ 特に決まっておりません。歓談中心となると思いますが 東洋文庫の誕生に丸善が大きく関わりを
   持っていたことの資料を配布します。(石田幹之助著作集)
お願い レストラン予約の関係で、とりあえず参加の可否を3月25日まで、返事願います
 
 

桑田衡平展示会の件

 投稿者:原田幸四郎  投稿日:2016年 6月19日(日)16時31分36秒
返信・引用
  丸家稔さま

桑田翁の特別展示会の事ですが、曽我先生、藤倉先生の3人で行ってきます。曽我先生参加につきましては、まったくの偶然がありました。下記の添付文章を参照願います。私が桑田衡平を取り上げたこと、その展示会が開催されること、曽我先生と同じ町会長が桑田翁の縁者であること。こんな偶然は全くの不思議です。


原田様
 以前、ご案内して戴いて、やや遠いし、桑田衡平は顔も知らないし、どうしよ
うかなと思っていたのですが、この度、私の本を紹介した私の近所に住んでいる
町会長から、次のようなメールが来ました。

 曽我様
本の紹介有難う御座いました。
今日従兄弟から紹介を受けた本に「桑田衡平が明治3年に「袖珍薬説」を発行す
ると、明治3年3月に東京日本橋に開設した「丸屋善七(書店)」が丸善出版物の最
初として「袖珍薬説」を発売した。」と言う記事を読みました。桑田衡平とは、
私の4代前の祖先であり、早矢仕有的は、貴君の祖先で英学(医)修行の同窓で有
ったとの事です。
入江武男著 思出草 株式会社文化新聞社
                   大島 義邦
 

桑田衡平展示会の案内

 投稿者:原田幸四郎  投稿日:2016年 6月 4日(土)02時32分23秒
返信・引用
  第7回「有的を偲ぶ会」で取り上げました桑田衡平の特別展示会が、まったく偶然ですが
6月23日から27日まで、埼玉県日高市 総合福祉センターを開催されます。
福沢諭吉に次いで交流があったと思われる桑田の展示会です。私(原田)と藤倉先生は24日(金)に
出向くことで調整しております。いかがでしょうか
 

本年の有的を偲ぶ会

 投稿者:原田幸四郎  投稿日:2016年 3月 5日(土)12時02分35秒
返信・引用
  ご無沙汰しております。お元気でしょうか。例年は2月にはその年の例会の案内を出しておりましたが、
自身、家人の体調がすぐれず、本年度の準備・連絡が遅れて申し訳ありません。つきましては、速報版ですが
予定日だけ、本日お送りいたします。

5月14日(土)  JR山手線大塚駅付近  13;00

曽我先生からの「有的の墓参を計画しては?」との提案を採用しました。となりますと、都内唯一残っている
都電荒川線を利用して祖師谷霊園に行くのが最善策ですので、集合場所、もしくは団らん場所を大塚駅としました。

ところで、昨年は有的の私的投資で開業した、御茶ノ水の中西屋書店を取り上げ、その絵本出版の高い評価を
再認識しましょうと結びました。その続きで申し上げますと、今月末から、上野で黒田清輝の展示会が開催されます。
展示物の中に、中西屋が手掛けた、生前唯一出版された画集の一部(2冊セットの内の1冊分)があることが判明しました。
時間があれが、見学をお勧めいたします。

本年のわたくしのテーマですが、「有的を取り巻く人物」としてはと考え、その準備に入りました。なんといっても
その代表は福沢諭吉ですが、それは研究され尽しており、素人が手を付ける余地は残っていないでしょう。
そこで、桑田衡平と柳河春三の二人にスポットを当ててみようと思います。面白い資料が集まりました。
 

早矢仕英明様へ

 投稿者:  投稿日:2014年 7月 6日(日)07時01分26秒
返信・引用
  「早矢仕有的の生涯」をご覧頂いているそうで嬉しく存じます。

 その中の系図にあります様に、有的の養父は九代目の早矢仕才兵衛で、代々が美濃の国武儀郡笹賀村の庄屋だったと聞いております。

 同じ系図にあります様に、有的の長男の早矢仕四郎の先妻は「ゆき」、後妻は「てる」でした。
 「下山田 照」様とは、てる=照 とお名前が符号している様ですね。

今後とも、何かありましたなら、ご遠慮なくご連絡をお願いいたします。

 丸家 稔
 

本年度の偲ぶ会

 投稿者:原田メール  投稿日:2014年 2月19日(水)22時32分40秒
返信・引用
  有的を偲ぶ会
各位

昨年末から、ご案内してました本年度の有的を偲ぶ会の計画ですが、どうやら訂正せざるを得なくなったようです。
元は、早矢仕有的年譜の明治13年の項に「この頃、有的は陽其二氏の誘いを受けて「偕楽園」という中華料理店を
開業した」という記述をもとに、陽という名字からして、中国人と横浜で中華料理店を開業したのであろうから、次回の
偲ぶ会は、横浜の中華料理屋で…と短絡的に考えての提案でした。
ところが、無学とは恐ろしいもので、この陽という人物は大変な人で、単なる中華料理人ではありませんでした。
澁澤栄一、浅野総一郎(アサノセメント創業者)、大倉喜八郎(ホテルオオクラ、帝国ホテル)らと名を連ねて発起人となり、「偕楽園」という
中華料理店を立ち上げたのでした。そこに有的も名を連ねたことになります。これは大発見でした。丸善百年史にも記載がありません。
偕楽園は東京で最初に開業した中華料理屋で、当時とても有名でした。今の茅場町3丁目あたりにあり、昭和20年の終戦まで営業してました
また、谷崎潤一郎のパトロンとしても文学史上有名です。

というわけで、横浜での次回の偲ぶ会の開催の根拠が無くなりました。そこで、やはり日本橋で丸善裏手の檜物町付近での開催を考えております。
「ひものちょう」という響きもよろしではありませんか。檜物町と言えば、明治期の丸善には縁深い土地柄です。4月中旬とします。改めておしらせいたします。

原田 幸四郎
〒270-1142
我孫子市泉12-26
04-7184-7877
 

来春の集い

 投稿者:原田幸四郎メール  投稿日:2013年11月 4日(月)21時42分45秒
返信・引用
  有的を偲ぶ会
各位

皆様ご無沙汰しております。そろそろ 来春の集いのプランを固める時期に参りました。

有的は、志した西洋文化の紹介という本道に沿ったその周辺のビジネスの範囲拡大に努めた
事は良く知られております。貿易業、金融業、保険業、弁護士事務所の開設などです。

しかし、有的の好奇心はその範囲にとどまらず、縫製業、缶詰業、洋傘業、宅配業、マッチ製造
ビール製造、石鹸製造などにも手を広げました。
なかでも私の興味を引くのは「中華料理」の店舗開業です。横浜で「偕楽園という店でした。
そこで、まずは佐藤孝さんにご苦労頂いて、偕楽園の所在、幸運にもその継続店舗の探索を
して頂き、その店で「偲ぶ会」を開催しませんか?


原田 幸四郎
〒270-1142
我孫子市泉12-26
04-7184-7877
 

西尾一二様の件「回答」

 投稿者:丸家 稔  投稿日:2013年 9月 5日(木)10時29分49秒
返信・引用
  西尾様の明治17年(1885年)帝国大学医学部卒業の年代を手がかりに、早矢仕有的の諸資料を調べましたが、誠に残念ですが「西尾様」の記述は見当たりませんでした。

[有的の岩村藩に関して]
 文久3年(1863年)岩村藩の江戸屋敷に二十人扶持で抱えられましたが、お抱え医師という実態ではなかったようです。
 その4年後、慶応3年(1867年)江戸での診療所を閉じて、福沢諭吉「塾」に入門しており、遅くとも翌年横浜に転居する時には、岩村藩の扶持は返上したと思われます。

[有的の横浜時代に関して]
 明治元年(1868年)8月に横浜に新築された西洋式病院(旧十全病院の前身)に医師として赴任しました。
 一方、医師を続けながら明治2年(1869年)には、横浜で書店「丸屋」(現在の丸善㈱の前身)を創立し、実業家としての道も歩み始めました。
 この時代に書店「丸屋」の二階に医学生や英学生を合宿させて、後進の学生の指導をしていましたが、その中にも「西尾様」の記述は見当たりません。
 明治7年(1875年)に横浜から東京に戻り、以後、医業から全く離れました。

[有的のその後]
 東京に戻った後は、実業家一筋でわが国の近代経済の黎明期にあたって、丸家銀行の設立など次々と先駆的事業を開拓しました。
 この時代の諸資料も念のため調べましたが、「西尾様」の記述は見当たりませんでした。

以上、お役に立てず誠に残念でございますが、回答とさせていただきます。
 

西尾一二の件

 投稿者:木村 茲メール  投稿日:2013年 8月22日(木)16時27分52秒
返信・引用
  丸屋様、
早速のご返事ありがとうございます。
よろしくお願いいたします。
 

木村様 「西尾一二様資料の件」しばらくお待ちください

 投稿者:丸家 稔  投稿日:2013年 8月22日(木)07時07分11秒
返信・引用
  早矢仕有的の資料は、主に「丸善百年史」と「有的の年譜(丸家書店時代の営業日記のようなもの)ですのが、西尾様の記述が無いか探しますので、しばらく時間がかかりますのでお待ちください。
 

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