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綱脇龍妙

 投稿者:Ichiro  投稿日:2009年 6月20日(土)08時34分43秒
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  綱脇龍妙

  ●仏教系の施設を作ったのは、重要ではないか。(他はキリスト教もある)ということで、日本のハンセン病問題Wikipediaに何か書きましょう。

  明治39年日蓮宗僧侶綱脇龍妙は身延山に参拝したおり、らい患者が悲惨なる生活をしているのを目撃、時の身延山法主の許可を得て河原より13名を収容、身延深敬(じんきょう)病院を作った。彼は全国を勧進し、費用を獲得し、十万一厘講を組織した。大正九年財団法人となる。昭和9年から17年福岡県に分院をつくるも、軍の結核施設として譲った。昭和45年、95歳でなくなる。深敬園は平成4年廃止。<ref>加藤尚子 山の中の小さな園にて もう一つのハンセン病史 医療文化社 2005 これは2代目園長綱脇美智さんの聞き取りと遺稿集によりなる</ref>

 ●早田龍心氏は綱脇龍妙師の従弟にあたるという。分院に勤務し九州大学で学位を得た。
戦争中は沖縄愛楽園(当時は国頭愛楽園)園長として有名(勇名)を馳せたが(なにしろ終戦直後のあの混乱のなかで解剖をしていた)そこでは東北から来られている。分院廃止から2年くらいは東北にいかれたようだ。園長かどうかはわからない。

 ●僧侶だから、法衣を着るが、学会では背広で出席していた。当たり前か。
 
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