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綱脇龍妙遺稿集 昭和51年
●仏教系の施設を作ったのは、重要ではないか。(キリスト教もある)
編集者は綱脇美智
残された色々雑多な資料を集めたもの。福岡県出身であるので分院は福岡県であるらしい。
213ページに、>私は皇太后陛下に召された昭和5年の11月、直ちに九州に行って福岡市外壱岐村生の松原という景勝の地に九州分院を開設して、まもなく金沢医大を卒業した従弟の早田龍心(●ちょっと難しい字、戦争時沖縄に行った)を主任として、東西呼応して陛下の御心に報いるように奮闘をつづけたのであります。早田はもっぱら九大で研究をつづけ、学位をうけたのであります。
昭和24年6月26日、大宮御所にお召があり、かつその春逝去した私の子教之に対するお悔やみの言葉を賜りまして御やさしき御心に感じ恐縮したのでありました。これが実に最後にご拝謁になったのであります。
●早田先生は、焼け跡で解剖した先生である。仕事ぶりからいうと光田先生を尊敬していたか。米軍慰問のグループに写真を撮影されている。
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